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写真でみる 「昭和〜平成 佐々木ケアサービスの変遷」
<写真・上左>
昭和40年代の家政婦の皆さん。看板の前で記念写真?


<写真・上右>
昭和33年(1958)年、創業地の「足立区五反野南町1498」(現在の足立区足立3丁目)にあった
「佐々木家政婦紹介所」。創業者の佐々木ひとしと夫の佐々木長七。
 57年前(昭和32年)の出来事
 ●コカ・コーラ、日本での製造販売開始
 ●東京の人口がロンドンを抜いて世界一に
 ●国産ロケット第1号の発射成功
 ●五千円札、百円硬貨 登場
 ●カラーテレビ 実験放送開始
 ●長嶋茂雄、巨人軍入
 ●石原裕次郎主演「嵐を呼ぶ男」封切
 ●夢の島でごみ埋め立てを開始
<写真>昭和40年代後半佐々木ひとしと粟田惠美子。
<写真・上左>さらに昔、大正時代。女学生時代の佐々木ひとし。
本コーナーに掲載の写真はすべて、ひとしによって箱に入れて大切に保管されていたもの。


<写真・上右>昭和40年代の名刺。
この頃すでに、「五反野南町」から「足立」に住所表記が改訂されている。
〜昭和から平成へ〜
平成13(2001)年、足立区足立に本社ビル竣工。地鎮祭時の様子(左)と、集合写真(上左)。

(上右)本社ビルのプロモ用写真。
〜創業59年のあゆみ〜
創業当時からの古い写真を交えて、
弊社の昭和〜平成の変遷をご紹介いたします。
弊社の創業は、昭和32年(1957年)5月。

当初は「佐々木家政婦紹介所」という名前で、在宅や病院の家政婦さんを紹介する業務でした。

創業者・佐々木ひとしは、現社長・粟田惠美子の祖母にあたります。
明治29年生まれで、昭和55年に84歳で亡くなるまで、家政婦紹介所の「会長」を務めました。

その後は、現社長の粟田惠美子を「会長」として運営してまいりました。

時代は変わり、ヘルパーという資格がメジャーになってきた頃、(「ホームヘルパー」が初めて登場したのは1960年代だそうです。)
昭和62年に有限会社として「佐々木ケアサービス」と社名を改めます。

平成3年に株式会社に改組。
弊社では当時、家政婦として働く人たちにヘルパー2級または3級の資格を取得するよう、全面的な協力体制で臨みました。

その後、介護保険がスタートする頃には、ヘルパー資格が義務付けられたのは、皆さんもご存じのとおりです。

平成12年の介護保険開始とともに、訪問介護のニーズは高まり、弊社のヘルパーはほぼ全員が2級資格を取得済みの状態で、制度導入と共にスムーズに移行することが出来ました。
昭和35(1960)年、東京臨床組合連合会(現・日本介護家政紹介事業協会)の箱根旅行。中段、右から4人目がひとし
昭和47(1972)年。家政婦の皆さんと会長の佐々木ひとし(左から2番目)普段から着物を着ていることが多かった。

時代は平成。
平成3年、株式会社に改組し、平成4年には福祉用具事業部を新設。

平成13年に、足立区足立4丁目に本社ビルを竣工。

平成8年から今日までに、葛飾区、文京区、板橋区、練馬区に営業所を展開して参りました。(練馬営業所は平成28年に板橋営業所と統合。)

創業の地に近いこの足立本社を中心に、これからも地域密着をモットーとして在宅サービスを行って参ります!
<写真・左>平成6(1994)年、足立区中央本町に最初にオープンした「まごの手」1号店。テレビの取材が来た時のもの。当時まだ介護用品専門店は珍しかった。粟田惠美子社長(左)とタレントの大桃美代子さん(右)

<写真・右>同時期、前社長の故・粟田桂次(左)と寅さんシリーズでおなじみの俳優・佐藤蛾次郎さんのツーショット。業界誌の取材で来社。粟田前社長は、福祉用具事業部の新設に尽力し、足立区福祉用具部会の初代部会長を務めた。平成21(2009)年他界。
<写真・左>平成14(2002)年の社員忘年会、集合写真。正社員全員で30数名。
<写真・右>平成23(2011)年、創業50年目の忘年会。おかげさまで、社員は10年前の倍以上の人数になり、平成生まれの社員も入社してきた。
平成28年春の褒章において、
多年職業紹介業に従事し、斯業の発展に尽力した功績により、
粟田惠美子社長が黄綬褒章を受章いたしました。


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これからも、佐々木ケアサービスをよろしくお願いいたします!
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